ぼたもち(仮)の重箱

躁うつ病、万年筆、手帳、当事者研究、ぼたもちさんのつれづれ毎日

自分の文章を愛すること

この作文、じんわりときました。

↓  ↓  ↓

「私は小説家です」って言えなかった | 天狼院書店

 

 

その昔、鬱が重症だった頃、とある病院に長いこと入院していました。

 

そのとき、とある直木賞作家さんが同じフロアにいたのです。

彼女も鬱で入院していました。

入院しながら、執筆なさっていたようです。

 

私は彼女の作品を全く読んだことがなかったので、ペンネームをうかがっても、気の利いた反応をすることはできなかった記憶があります。

「ああー、お名前は」

的な、失礼な反応しかできなかった。

でも、せっかくリアルで知り合ったのだから、読んでみよう!

と思って探したら、物凄い数の作品群。

なんてたくさん書ける人なんだ!

すげえ!

そして読んだら面白い。

ほぼ全ての本を買い集め、読みふけりました。

女性心理を巧みに表現していて(登場人物は私と違うタイプが多かったけれど)、さすがの力量だと素直に尊敬しました。

 

小説家って、すごいな。

ちょっとやそっと何かが書けるくらいでは、成功しないんだ。

いろんなアイディアがあって、ネタがあって、数々のプロットが立てられて。

何より、面白くなければ。

 

入院中、親しくさせていただき、彼女からはいろいろなことを学びました。

礼儀や、言葉遣いも学びました。

ありがとうございます。

 

彼女の言葉で最も印象に残っているのは、

 

「作家は、想像力でしょ!」

 

というもの。

 

「自分が◯◯だったらどうだったと思う?」みたいなお喋りをしていて、「なったことないから想像できない!」って言ったら、そのように返事をされた記憶。

私は当時まだ「小説家になりたいな」という夢のようなことを、なーんにもせずにただ考えたりするお馬鹿さんだったので、彼女にも自分が作家になってみたいなんて恥ずかしげもなく言ったりしてたのでした。

それもあって、「作家は想像力だよ」と言ってくださったか、特にそれほどの意味はなかったのか、どちらかな。

 

でもね、「作家は想像力」、凄い言葉です。

 

それ以来、私は何かと「想像力」とか「想像」について、思い巡らせることが多くなりました。

いかに自分に想像力がないかも自覚しました。

考えてみたら、想像力がなければ、フィクションは書くことができない。

今でも趣味でたまに短編小説らしきものを書くことはありますが、結局は自分の貧しい想像力の中でしか、ストーリーを展開できない。

もっと妄想力が強ければ……!!

想像力を超えた妄想力が必要なことにも、気付くことができました。

 

小説家なんて、私にはなれるわけない。

勉強も取材も嫌いだし、想像力も足りないし、何よりそれほどパッションがなかった。

だいたい私の書くもの、面白くないし。

と言ってしまうとおしまいだけど、そうでも言わなきゃ自分を守れなかった。

そして、最後は病気と障害のせい。

病気と障害を言い訳にするなって言われそう。

いや、言い訳にしますよ。

最低限しか動けないからー!!(涙)

 

 

そして冒頭のリンク(天狼院書店の記事)に戻りますが。

 

ああ、もっと自分の文章を愛してやらなきゃいけないな。

他の人が私の作品をどんな風に思うかは、私の問題ではないから仕方ないけれど。

自分の書いたものは、せめて自分が愛してやらなきゃ。

 

こんなメンタルの病気をしてると、自分を大切にできないのが日常になりますが、「自分の書いた文章を愛せない」ところにも、自分を大切にできない部分が出てくるのですね。

 

 

これからは、もう少し書いたもの好きになってやろう。

 

ていうか、書いたものは好きですよ!

 

一生懸命、書いたんだもん!

 

 

それを、認めてあげようと思います。