ぼたもち(仮)の重箱

躁うつ病、万年筆、手帳、当事者研究、ぼたもちさんのつれづれ毎日

やりたいことと、できること

昨日、手帳関連でフォローさせていただいている「てはさん」(日付シートの生みの親さま)が、とても興味深いnoteをシェアなさっていたのです。

 

桜林直子さん(サクちゃん)というかたのnote。

そもそも私noteってあまり見なくて慣れないので、どなたかがシェアしてくださらないと読むチャンスがない。

ですがこれは、本当に感謝感激の記事でした。

 

ぜひ読んで。いいから読んで。

 

 

誰だって小さい頃に聞かれます。

 

「大人になったらなんになる?」

 

私だって聞かれました、先生たちに。

答えることは、その都度ちがっていました。

看護婦さん、女優さん、歌手。

もう少し大きくなったら、小説家やマンガ家。

 

はっきり言って、どれもウソ。

 

なりたいものなんかない! ひとつもない!

 

大学生の頃、授業中に先生から言われました。

 

「やりたいことないの!?…探してください」

 

その一言は、私に決定的な罪悪感を植え付けました。

さ、さ、探してまで…ですか……?

そこまでしないといけないの?

探すの? どこを?

部屋のどこにも探す場所ないんですが!!

 

私は悩みました。

どうすれば大人になれるのだろう。

やりたいことがないってことは、大人じゃないんだ。

一人前じゃないんだ。

要するに、ダメ人間なんだ。

 

やりたいことなどないまま、大学を卒業。

大学の関係先で契約を2年間。

プーを1年間。

母校の大学の事務室に正規職員として5年半。

結婚して辞めて鬱になって離婚して。

またも関係先でバイト数ヶ月。

鬱悪化により、ドロップアウト

そして、再起不能……

 

その間、私はずっと自分を責めていました。

「やりたいことがない」

「目標もない」

「ただ漫然と生きるだけの病人」

「生きてる価値ないんじゃ…」

 

これが私の約半世紀の人生でした。

 

しかし、上掲のサクちゃんの文章を読んで、救われるものがありました。

 

 

私、「叶え組」だった!!

 

 

そもそも私の仕事は、自分がアイディアを出すよりも、誰かのアイディアを実現するためのサポートが圧倒的に多かった。

秘書的なこともしていました。

人の求めを察して何から手をつければ良いのか判断が早いことも、自らの力の一つだと思っていました。

自分が先頭に立つのではなく、裏方です。

それで楽しかったと記憶しています。

 

この年で、この病気で、この先お仕事ができるとはあまり思えないので(力も落ちてるし)、そういう意味では社会的にはあまり使い物になりませんが、自分で自分の適性を知っておくのは良いことだ。

 

それにこういう適性は生活全般に使えるもので、仕事だけとは限りませんものね。

今現在、我が家で抱えている介護の問題。

きっとこれにも深く関わりそうです。

 

 

こんなにたくさんの人間がいるのに、全ての人が「やりたいこと(夢)」を持っているとは限らない。

それに、全員が夢を追いかける人だったら、誰が一体裏方に?

裏も表もないですね、つまり誰がその人を支える?

 

営業さんだけではどうしようもない、技術者がいないと売れるものはない。

技術者だけでは、ニーズに沿って仕事を取ってくる人がいない。

画家がどんなに素晴らしい絵を描いても、誰がその絵を世に知らしめるの?

 

つまり夢組さんだけでは、できないことがある。

そこで必要になるのが、叶え組さんだと思います。

この世には、どちらも必要なのです。

 

サクちゃんは、そのことに気付かせてくださいました。

 

 

何も、なんにも、何一つ、私は引け目を感じることはない。

こういう人がいて、何もおかしくないのだから……

 

 

だけどだけど、叶え組だって、多分やりたいことはあるのです。

 

「誰かをサポートしたい!」だって、やりたいことですよね。

そのために自分がどんな技能を提供できるか。

自分でそれを整理しておければ、一番すてき。

 

最も近い過去にサクちゃんが書かれたnoteに、やりたいことを書き出す方法があります。

 

読んで! ぜひ読んで!

 

ToDoリストならぬ、「I canリスト」ができるよ。

 

自分ができることを考えていくのは、意外と楽しいことかもしれない。

 

(叶え組には時間がかかる課題だけどね)

 

 

 

すてきな気付きを与えてくださったサクちゃん。

 

どうもありがとうございます。

 

手帳タイムが楽しくなりそうです♪