ぼたもち(仮)の重箱

躁うつ病、万年筆、手帳、当事者研究、ぼたもちさんのつれづれ毎日

【BL】(3)月のかたちと二人のかたち

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ボーイズラブですから苦手な人は略)

(pixivより転載。昔書いたBL小説。全7話)

 

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 あっという間に一週間が終わってしまった。平日は全く田中と顔を合わせることがなかった。朝とか夜とか隣の玄関から出てくるんじゃないかとビクビクしていたが、出てくることはなかった。俺とは違う時間に会社へ行くらしい。そんなことはどうでもいい。田中の生活パターンなんて俺の知ったことではない。この週末こそゆっくり眠ってみせる。俺の愛する金曜日の夜がやってきた。
 駅前のコンビニに入って、今夜の弁当を選ぶ。コンビニはやっぱりセブンに限る。他のコンビニの弁当はあまりいけてない。ふと、オムライス弁当に目が止まった。ピカチュウみたいな黄色い卵の色がかなり魅力的に映る。俺は思わずオムライス弁当を手に取った。
「だめだって言ったじゃないですか、コンビニ弁当なんて」
「えっ」
「オムライスなら俺、作れますから。帰りましょう、早く」
「えっ」
「ほら、早く。俺の方が絶対美味しいですから」
 …田中だ。田中が出た。もう会わなくてもいい男がまた現れた。
「いや、俺、セブンの弁当でいいんで」
「だめですよ、どうせ毎日コンビニ弁当なんでしょ? そのうち倒れますよ」
「まだ若いから大丈夫」
「俺らもうすぐ三十路ですよ?」
持っていたオムライス弁当を取り上げられ、棚の中に戻された。他に何も買っていないのに、腕を引っ張られて店の外に連れ出される。何ですか、俺はこのままお持ち帰りですか。男に引きずられている俺に周囲の視線が痛い。
「ちょ、ちょ、ちょっと離してくださいよ」
「ああ、ごめんなさい。痛かったですか」
だから痛いのは周囲の視線だ。俺の腕からぱっと手を離して、田中は笑った。ん? こいつ俺より背が高い。急に敗北感が大きくなる。
「痛くはないですけど、別にオムライス弁当で良かったんですが」
「オムライスなら俺の方が上手にできますから」
「また田中さんち行くんですか」
「嫌ですか?」
「嫌です」
「またまたまたまた。ホントは嬉しいくせに」
何故そうなる。俺は別に嬉しくない。断じて嬉しくない。俺は喜んでなどいない。田中に会えてちょっと嬉しいとか思っていない。
「心なしか表情が明るいですよ、山本さん」
鼻先に人指し指が突き付けられる。人を指差すな、この礼儀知らず。
「田中さんの気のせいです。俺は別に」
「山本さんの顔、わかりやすいって前にも言ったでしょ」
「そんなことはない」
「自分で見たことないのにわかるの?」
確かに自分で自分の狼狽えたときの表情なんか見たことはない。突然、田中が俺の目の前に小さな手鏡を出した。
「…なんだ、これは」
「鏡ですよ。よく自分の顔を見てみてください」
言われてつい、自分の顔をまじまじと見る。どんな顔だこれは。物凄く嬉しそうじゃないか。口元が緩みきってるじゃないか。そんなはずはない。
「この鏡、インチキだろ」
「インチキって。普通の鏡ですけど」
さっと鏡が引かれて、田中の胸ポケットに消えた。こいついつも鏡なんか持ち歩いてるのか。これだからイケメンは。
「ま、諦めるんですね。うちでオムライスでも食べましょう。ちょうど冷やご飯あるんで」
「いや、あの…」
「なんですか? 腹減ってないの?」
「減ってます」
「まずいオムライスと美味しいオムライス、どっちがいいですか」
「美味しい方…」
「じゃあ決まりじゃないですか。帰りましょう、ほら」
 そして俺はまた田中の部屋にいた。どうしてこうなる。何故俺はこいつの言うことに逆らえないのか。
「ケチャップライスですけど、いいですか?」
「あ、はい…」
ケチャップライス以外のオムライスなんてあるのか。
「まあ俺、上手なんで。コンビニのより絶対美味いですよ」
凄い自信だ。いや、その自信には根拠がある。田中の作るものはどれも美味しかった。オムレツから始まって、鶏のから揚げも出し巻卵も塩ゆでした枝豆も。ついでに田中が作ったものじゃないけどレモンマーマレードも美味しかった。コーヒーは俺と同じゴールドブレンドだし牛乳も同じおいしい牛乳だし、全てにおいてクリーンヒットだ。この人、俺の何ですか?
「あのー…」
「はい?」
ケチャップライスを炒めながら、田中はこちらに振り向いた。やめろその無駄に爽やかな笑顔。
「喉渇きました…」
「冷蔵庫にポカリありますよ」
言われた通り冷蔵庫を覗いてみると、2リットルのポカリが買ってあった。中身はほとんど減ってない。なんてこった、飲み放題じゃないか。
「お好きなだけどうぞ。あ、コップとかそこの食器棚に」
「いただきます…」
勝手にコップを取り出して、2リットルポカリを持ってテレビの前に座り込む。どうせ何も手伝うことなんてないんだ。仕方ないので俺はテレビを付けた。何も見たいものがないのにテレビ。電気がもったいないから消した。キッチンからいい匂いがしてきた。腹が減った。空腹なだけに、田中オムライスへの期待が高まってしまう。早く食いたい。と思うのもしゃくなので、田中の本棚を眺めた。こいつ、推理小説好きなのか。俺が読んだことのないものばかりだ。狼男の本とかあったらシャレにならないと思って探したが、もちろんなかった。隠してたらわからないけど。本隠すとかエロ本か。俺の発想は中高生か。
「あ、何か読みたいものあったら貸しますよ」
「オムライス」
「は?」
「あ、いや、何でもありません」
オムライスが食べたいばっかりに、口を付いて出てきてしまった。俺は間が抜けている。
「オムライスなら、できましたよ」
「また俺だけですか?」
「いや、俺も食べます。そろそろ食欲出てきたんで」
両手にピカチュウ色のオムライスの皿を持って、田中は部屋に入ってきた。もう嫌だ、俺とこいつは何ですか?
「なんか往生際の悪い人だなあ、山本さんって」
「どういう意味ですか」
「普通にしてればいいのに。楽しいんなら素直に楽しめばいいのに」
田中はケチャップを絞り出して、オムライスの上に赤いハートマークを描いた。あり得ない。
「何それ」
「ハート」
「いや見ればわかるから」
「恋人同士だったらやっぱりハートでしょ」
「いや恋人じゃないし」
「恋人でもいいじゃん」
良くないぞ。全然良くない。いつの間に俺と田中は結婚ですか。もう一緒に住んでるんですか。それにどうして俺は田中の電話番号までスマホに登録してあるんですか。でも俺はLINEとかやってない。若者のくせに俺は遅れてる。どうせ昭和くさい人間だからこれでいいんだ。
 目の前に置かれたオムライスが美味しそう過ぎる。これを食べるなと言われるのは拷問だ。
「いただいていいですか」
「もちろんですよ、どうぞ。山本さんのために作ったんですから」
「俺のためですか」
俺のためなら仕方ない。そりゃ食べるしかないだろう。知らない間に俺のマイ箸まで決まっていた。紺色の箸だ。田中は黒だ。今持ってるのはスプーンだけど。
「…美味いです…」
「でしょ? 学生時代のバイト、ホントしといて良かったな。いろんな人の胃袋モノにしてきましたから、俺」
「…魔性の料理人…」
「よく言われます」
なんでこいつに彼女ができないのか不思議だ。これだけイケメンで料理も上手なのに、どうしてふられるんだ。待てよ、ふられたとは一言も言ってなかったな。
「あの、田中さん、早く結婚したらどうでしょう」
「あなたとですか」
「違う。女の人と」
あーすいません。俺、どっちかと言えば男の方が性に合うんですよね。女でもいいんですが」
それってバイ?
「バイです」
「心読まないでください」
「読んでません。そういう顔してたから言っただけです」
「じゃあ顔色読まないで」
「それはできないなあ。顔くらい普通に見てもいいでしょう」
あまり見られたくない。が、それにしても、やっぱりオムライスは美味い。どうしてこんなに料理が上手なんだ、この男。
「…やっぱ美味いです…」
「うん、俺も今日のは良くできたと思います」
あ、田中が普通の食べ物食べてる。ということは、普通じゃない食欲はなくなったのか。いかん、そのことは思い出さないことにしてるんだった。思い出したくないことがずるずると出てくる。
 俺はオムライスで餌付けされた。今日も俺の舌はちょろかった。つまり俺は美味しい食べ物さえ与えれば、ほいほいついていく簡単な男だったのだな。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
「いや全然お粗末じゃないし。自分の店持てるんじゃないですか」
「そんなめんどくさいことはしたくないですね」
「今の仕事ずっと続けるんですか?」
「とりあえず今のままで問題ないんで」
そうか。それは俺も同じだ。今の会社でつまんない経理の仕事をしているが、特に不満もなく会社も潰れそうにない、多分。
 「山本さん、引っ越さないでしょ?」
田中はコーヒーをいれてきてくれた。いちいち気が利く。ていうか俺の気が利かな過ぎる。
「引っ越し? なんで?」
「最初のうち、引っ越す引っ越すってうるさかったから」
…確かにこいつに出会った時は引っ越したいと思ったが。今となってはこの料理が魅力的過ぎて引っ越したくない。これって俺はまた流されてるのか?
「引っ越した方がいいのかな、俺」
「いや、引っ越しても特にいいことないですよ」
「そうだね、引っ越しはめんどくさいし」
「ここにいれば、俺の作った飯が食えるし」
「気が向いたら一緒にビール飲めるし」
「お泊まり用のスウェットも置いてあるし」
やっぱり俺は、物凄い勢いで流されている。引っ越したくないって思った時点で流されている。なんだこれは。もしかして俺はこいつと一緒にいるのが楽しいのか。飯だけに引かれてるわけじゃないのか。
「ちょっと待て。俺とあんたは何ですか」
「何って。アパートの隣人同士」
「そうじゃなくて。ただの隣人同士でここまで親密ですか」
「あ、やっぱり親密だって自覚あるんだ。山本さんのくせに」
くせにってなんだ、失礼な。俺はのび太じゃない。
「親密な感じがするんですが。俺の気のせいですか」
「いやあ、気のせいじゃないですね」
「じゃあ親密なんですね、俺と田中さんは」
「さっきオムライスの上にハート描いたじゃないですか。見てなかったの?」
「見てた」
「というわけで、俺と山本さんは先週から付き合ってるんです」
 お母さん、ごめん。あなたの息子は男と付き合い出したみたいです。普通の人生じゃなくてすみません。そもそも普通の人生ってどんな人生だろう。女と結婚して子どもでも設ければ普通なのか。そうじゃない人なんか山ほどいるよな。
「俺たち、付き合ってたんだ…」
「あ、自覚してる」
「うるさいな、ここまで来るとさすがの俺も自覚する」
「いい傾向ですね。思いのほか事が早く進みますね」
「事って?」
声を上げる間もなく田中が俺に近付いてきた。え? なに? 何の用ですか? え? ちょっと待ってくださいそれ待って。
「ええええええええ」
「そんなに大声出さなくても」
「ちょっと待ってあんた今俺に何かしましたか」
「えっ、初めてしたの?」
「失礼な、初めてじゃありません」
「じゃあわかってんじゃないですか。わざわざ確認しなくても」
「いやでも男としたことない」
「女とするのとあんまり変わらないでしょ。ただ唇くっつけるだけだし」
「うわああ、言うなそれ言うな」
お母さん、ごめん。親父、許して。俺、今、男とキスしちゃったよ。もう帰れません。道わかりません。おうちがどんどん遠くなる。

 

 俺が世界で一番愛している金曜の夜が終了し、土曜の午前に突入してしまった。もう自分の部屋に帰れよ俺。どうしていつまでも田中の部屋にいるんだよ。その理由は、さっきからずっとDVDを観ているからってだけだけど。
「あれっ、山本さん、泣いてるの?」
不覚だった。俺は泣ける映画に弱い。狙って作ってある映画は必ず俺にヒットする。たった今まで観ていた映画は、かなり古いアメリカ映画だった。物凄く泣けた。
「今の映画、なんてタイトルでしたっけ」
「愛情物語、です。俺、好きなんですよ、これ」
「もう二度と観なくていい」
だって泣くから。物凄く泣けたから。ティッシュどこですか。鼻水が出る。
「あ、ティッシュここです」
田中が箱ティッシュを持ってきたので、俺は一枚失敬して鼻をかむ。もう一枚失敬して涙を拭く。
「山本さん、涙もろいんですねえ」
「うるさい」
「今度、別の映画借りてきときますね。古い映画って泣けますよね」
今度もあるのか。また二人で一緒にご飯食べて、一緒に映画観ちゃったりするのか。二人きりで。
「ていうか、俺と田中さんはこれからも二人でいろいろするんですか」
「そうですよ。ダメ?」
「…ダメ」
「もう一度自分の胸に聞いてみてください。ダメ?」
自分の胸に聞いてみなくても、実は全然ダメじゃない。今は土曜日の午前0時を過ぎたところだけど、月曜日の朝出勤するまで二人でいても全然構わない。
「全然ダメじゃないです」
「素直だなあ」
「月曜日の朝まで全然一緒でいいです。もういっそ好きにして」
「何ですか、その据え膳状態は。山本さん凄い男殺しですね」
「そんなこと言われたの生まれて初めて」
「俺が最初かあ。最初で最後にしといてくださいね」
「もうなんかワケわかんない。何でもいいから愛してる。ご飯食べさせて」
「いくら何でもちょろいなあ」
「映画に感動したんです。今難しいこと考えたくない。考えるのやめた」
俺は膝を抱えて俯いたままぼろぼろ涙を流した。鼻水も出た。ティッシュが何枚あっても足りない。メガネは曇るし、いいことない。多分、鼻の頭が真っ赤に違いない。泣くと赤鼻のトナカイになるのは自然の摂理だ。
 田中は俺のコップにポカリを注いで、「はい、飲んで」と言う。鼻が詰まっていて、うまく飲めない。でも美味しい。
「今日、泊まっていきます?」
それ、悪魔の囁きですか。もしかしてこのまま泊まったら俺の貞操の危機なんじゃないですか。
「泊まらなくちゃダメですか」
「え、自分で決断できないの?」
「もういい田中さん決めて」
ぶーと鼻をかんで、俺はポカリを飲む。貞操の危機とかもはやどうでもいい。ここで寝ても自分の部屋で寝ても既に同じ状態かもしれない。俺は盛大に流されている。この前の台風と同じレベルの洪水だ。
「じゃあ、帰れば? 隣だし。泣いてても人に見られないし大丈夫でしょ」
何それ。ここで突き放すとか。田中ひどい男過ぎるだろ。
「ええ? ここで追い返すわけ?」
「それじゃどうしてほしいんですか」
「…わかりません」
「嫌だなあ、あんまり据え膳状態だと、ホントに食っちゃいますよ?」
「それは一応、また今度ってことで」
「往生際の悪い人だなあ」
「だからすぐ女にもふられるんですよ、俺は」
「前の彼女、可愛かったですか?」
「忘れた。もうどうでもいい」
あ、キスされた。うわ、またキスされた。俺どうすればいいの?
「山本さん、大人しく俺に食われてればいいんですよ」
「いや、本格的に食わないでください」
その体勢やめてくれますか。ていうか、俺あとちょっとで押し倒されるんですが。男に押し倒されるとか、考えたことない。怖くなってずるずると後ろに引き下がる。
「じゃあ、途中まで」
「食欲落ちたはずじゃないんですか、もう満月じゃないし」
「ああ、確かにそれほどの食欲じゃないんですけどね、健康な男子としてここは一つ」
「嫌だやめて変態」
「あ、ひどいなあ。変態なんかじゃないです。優しくしますから」
優しくないじゃないか。いきなり帰れとか言うし。イケメン、あんまり顔近付けるな。頭働かないから、つい見とれるだろうが。髪撫でるな。背中がぞわぞわするから。後ろ壁だし。これ以上後ずさりできないし。この追い詰められ感、半端ない。
 どうしよう、このまま食われるのかな。と思ったら、田中が離れて立ち上がった。下げてなかった皿を片付け始める。
「とりあえず皿洗いますから。気になるんで」
「あ、手伝います」
「はい、お願いします」
食われなくて良かった。ほっとした。やっぱり今日、帰ろうかな。このままなら帰れそうな気がしてきた。皿やカップを流しに運ぶと、田中はいきなり玄関のチェーンをバチーンと閉めた。
「…なんですかその行動」
「戸締まりですが。山本さん、寝る前にきちんと戸締まりしないんですか?」
「寝る前…あ、いや、しますけどね」
「寝る、に反応し過ぎですよ」
スポンジに洗剤をつけて、田中は皿を洗い始める。こいつ、さっきからあまり優しくない。洗い終わった皿をふきんで拭きながら、俺は何となく不満を抱いた。いや待て、不満を抱く自分。何をどうしてほしいんだ。二人分の食器などあっという間に片付いてしまう。田中に追い立てられて、俺はまた部屋へ戻った。
「あのね、山本さん」
「はい」
「大事なことだから三回言いますけど、あなた据え膳が過ぎる」
「え、意味がわかりません」
「もう今すぐ食ってくださいって言わんばかりのフェロモン振りまいてるから、困ります」
そんなつもりは全くないのだが。それに俺の責任じゃないと思う。俺は普通にしてるだけだけど。
「あのさ、食ってほしいの? はっきり言って」
「いや、あの」
「食ってほしければ、たった今からでも遠慮なく食いますよ。満月じゃなくても俺、狼男なんで」
そうだった。ついつい忘れてしまうが、こいつは人間じゃなかった。そう思うと怖い。
「お、狼男だったら何か変わったことするんですか」
「食ってる最中にちょっと変身することもあります」
「えっやだそれ」
「…全然嫌がっているようには見えない」
「そうですか…」
「むしろ食ってくれ? 今すぐ抱いてくれ? 超ウエルカム? って感じですか?」
「うわ、ちょっと待って田中さん」
全然待ってくれなかった。一瞬後には、俺はベッドの上にいた。
「待ちませんし。山本さん超ウエルカムだったんで」
「…そのつもりはなかった」
「無自覚フェロモンは良くないです。俺以外にも男から言い寄られたことないですか?」
何故わかるんだ。確かにあった。昔のことだけど。
「やっぱりあるんでしょ。絶対そうだと思ってた」
「お、俺のせいじゃないですよ」
「そうとばかりも言えませんね」
うわ、いきなり上半身脱ぐな。刺激的過ぎる。俺の人生、今日がターニングポイント? 明日になったら俺は生まれ変わるの?
「俺のせいじゃないです…と思う」
腹にのしかかられる。重い。ごめんなさい、今から家に帰ったらダメですか。
「帰っちゃダメです。眠るのも禁止」
 出会って一週間くらいで、いきなりその日はやってきた。今日、何日? 27日? 28日? 今日が俺の命日ですか。だいたい何故俺は抵抗できないんだ。田中はやっぱり他人を意のままに操れる力を持ってるんじゃないのか。
「その力持ってないって言ったでしょ。今抵抗できないのは、あなたの意思」
そんなバカな。俺、いくら何でも流され過ぎだろ。頼む、お願いだから、痛くしないで。
「無理無理。慣れるまで超痛いですよ。我慢してください。あ、慣れれば平気になりますから」
痛いの嫌いだ。ていうか俺、さっきから何も言ってないけど、どうしてこいつ勝手に俺の心の中読むの。
 …心配しなくても、物凄く痛かった。俺、しばらくトイレに行けない。ついでにあまりにも大変な体験だったので、田中がいつ変身したのか俺には全くわからなかった。

 

 

 ドラマや小説にありがちな朝チュンが待っているのかと思ったら、周囲は暗かった。まだ夜中だった。実は全部夢だったんじゃないかと起き上がってみたら、俺は裸だった。そして狭苦しいベッドの中の隣には田中が寝ていた。しかも裸で。もしかして、もう昨日までの俺じゃない?
「全部夢だったことにしよう…」
ひっそりと呟いて抜け出そうとしたら、同時に起き上がった田中にがっちり腰を掴まれた。
「夢じゃありませんから」
「ゆ、夢でいいです。いい夢見ました。ありがとうございました」
「礼には及びません。夢の続きはいくらでもあります」
「あっ!」
田中の目が。目が。変な色だ。何色だ、これ。金色?
「面白いでしょ」
面白いというか、奇妙だ。普通、人間の目は夜中に光らないと思う。こいつ本当に人間じゃないんだ。
「あの、なんで目が光ってるんですか…」
「狼男だって言ったでしょう」
わかっていても実感できなかった。しかしこれなら話はわかる。
「これじゃ友だちと旅行にも行けないじゃないですか」
「そういう時は光らないようにしますし、できます」
「今はどうして光ってるの」
「は? 今さら隠す必要ないじゃん」
…本当に別の生き物だったんだ。どうしよう、俺、人間じゃない奴と同じベッドにいるし。裸だし。確実に何かされたし。ていうか覚えてるし、何があったか一部始終。
「あああああ…」
思わず頭を抱えて声を上げたが、端から見たら今の俺は田中に泣きついているだけだろう。だって目の前に田中の胸がある。
「はいはい、泣くなり何なり好きにしてください」
田中に抱きしめられるのが気持ちいいと思う俺は悪くない。断じて悪くない。
「どうしてこんなことになったんだ」
「山本さんが悪いと思いますけど」
「なんで俺が」
「そりゃそうでしょ。俺、大事なことだから三回言ったでしょ。据え膳状態でいるあなたが悪いって」
俺はそんなつもりはなかったし、だいたい据え膳据え膳ってしつこい。男としてのプライドが総崩れだ。俺、男のくせに男に抱かれた。最悪だ。親父に絶対話せない。きっと勘当される。
「ホントに往生際の悪い人だなあ。もう諦めたら? 寝ちゃったんだし」
「…ここで諦めたら、山本家の長男として言い訳立たない」
「俺も田中家の長男ですが」
「長男同士の結婚は面倒だからやめましょう」
 あ、雨が降ってきた。窓をぱたぱたと叩く音がする。俺はたった今から夜中の雨が嫌いになるぞ。
「マジレスすると、男同士は結婚できないです」
「マジレスしてくれなくてもいいです。わかってます。ていうか別に田中さんと結婚したいわけじゃないので」
「雨、降ってきましたね」
話そらすな。続けるほどの話題でもないけど。そして俺。何故逃げない。そうだ、男に抱きしめられている今の姿勢は間違ってる。今すぐ離れるぞ。
「おっと、そうはいきませんよ」
逃げようと思ったら、またベッドに押し倒された。泣けてくる、こいつ俺より腕力強い。こんなことならもっと鍛えておくんだった。
「まあいいや。ここまでくると、抵抗してもし切れなくて嘆く山本さんっていう図が、いっそ快感になってきますね」
わけのわかんないこと言うな。俺は抵抗している。しているつもりだ。だけどどうして俺は動けないんだ。
「それは山本さんがホントは喜んでるからですね」
「心読まないでくださいって言ってんのに。あと俺は喜んでない」
「うっそだぁ、さっきまでの映像、ビデオに撮ってありますよ? 見る?」
「ええ! やめてそれ勘弁して!」
「冗談ですよ、そんな悪趣味じゃありません、俺」
「なんだ、嘘か…」
嘘で良かった。ビデオなんか撮られてたら、俺は軽く自殺できる。あれ? 田中の目が光ってない。どうして?
「ほらね、光らないようにもできるんですよ」
そうなのか。光らないと普通の人間みたいだ。
「光ってた方が、かっこいいね」
「そうですか? じゃあ光らせましょうか」
あ、光った。やっぱり何だかかっこいい。
「目だけですか。他にもどこか変わったところないの?」
「牙がありますよ、ほら」
田中が口の中を見せてくれる。本当だ、牙らしきものがある。これは普通の人間の歯じゃない。俺は思わず手を伸ばした。
「わっ、光った」
牙に触れると、青く光った。なんだこれ。
「いろいろできるでしょ。そのうち慣れますよ」
「はあ…」
不思議過ぎて、ついていけない。
 「俺、他人のことを意のままに動かす力はないですけど、山本さん一人くらい夢中にさせるの、わけないですよ」
「…それも特種技能ですか」
「いいえ。ただ単に俺がいい男だからです。惚れさせる自信があるだけです」
「なにその自信。むかつく」
ホント、むかつくぞ。俺も誰かにそんなこと言ってみたい。
「何とでもどうぞ。既に俺のこと好きなくせに」
「…作ってくれる料理は好きかも」
「胃袋は恋の大切な要素なので。いつでもご馳走しますよ」
「だからって、田中さん自身が好きとは言ってない」
田中は目を金色に光らせて笑った。ちょっと怖い。怖いけど、この目の色、くせになる。
「都合の悪いところは忘れるんですね。さっきはあんなに好き好き言ってたのに」
「え、言ってない、そんなこと」
「言ってましたってば。なんでしたら、もう一回やってみます?」
「いいや言ってない! 俺がそんなこと言うわけがない」
「頑固だなあ。マジでもう一回抱きますよ? いいんですか?」
 一瞬の間があって、田中は俺の首を締めてきた。苦しいです。お願いやめて。あ、首筋舐められた。もう今さら驚かない。さっき何度もやられた。首筋舐められたし、鎖骨舐められたし、もちろん唇は思いっきり舐められたし、胸やら脇腹やら考えたくないけど下半身やらいろいろ舐められた。あと時々、かじられた。かじって、そのまま食いちぎりたいのかな。あそこ食いちぎるなよ、死ぬから。
 田中の光る目をうっかり見つめてしまった。青く光る牙もある。きっと他にもいろいろ持っている。その目が、綺麗だと思った。狼男って何するのかわからないけれど、この目を見られるなら、こうして暗がりの中で二人きりでいてもいい。
「ほら、俺のこと、好きでしょ?」
「…多分」
「多分じゃないでしょ。素直になれば?」
「目が好き、かも。なんか不気味だけど」
そう、目が綺麗だ。指を伸ばして、田中の目元に触れてみる。本当に、金色だ。キラキラ輝いている。いろいろと間違っているような気はするが、きっと俺はこの光る目に魅了されている。この不思議な目が、多分好きだ。
「素直な山本さんも、それはそれでいい」
あ、キスされた。さっきの牙、まだ生えてるのかな。俺は自分の舌を田中の口の中に差し込んで、舌先で歯列を探った。やっぱりどこか尖ってる。他の女とキスしたこともあるけれど、この感触は初めてだ。これに噛まれたら、やっぱり痛いよな。…あ、舌。舌が絡んでくる。そういえばさっきも、何度もこんなキスをしたっけ。不思議と心の力が抜けて、安心で安全な気分になる。よく考えたらかなり危険なのに。こんな俺は考えることを放棄している。
「…俺が、好きですか?」
光る目が俺を見つめている。好き?…どうだろう。目が好きだと言うことは、俺はこいつが好きなのか。好きなのかもしれない。好きと認めてしまえば、きっと物凄く楽になる。
「はい…なんか好きみたい」
「好きだって言って」
「…好きだ」
「はい、よく言えました」
 ちょっと釈然としないけど、好きだと言ってしまった。真夜中の雨の音は、静かで優しかった。田中のキスも、静かで優しかった。その唇も、指先も、手のひらの感触も、何もかも優しかった。この男に出会った瞬間から、きっと俺に逃げ場所なんかなかった。そして真夜中の雨を嫌う理由も一つとしてなかった。

 

 


 月曜日の朝は、世界で一番憂鬱だ。これから5日間も続けて働かなくちゃいけないんだ。土曜日の休日出勤なんかあろうものなら、上司の前で涙を流してもいい。しないけど。この時期はあまり忙しくないので、残業も休日出勤もなくて助かる。最寄り駅のホームで電車待ちをしていたら、胸ポケットに入っているスマホが振動した。
『今日何時頃帰りますか? 季節先取りしておでん作ってますから来てくださいね。ていうかLINE入れて。不便だから』
おでんか。もうおでんの季節か。そういえばセブンイレブンではもうおでんを売り出していた。セブンのおでんはやっぱり一番美味しいと思う。だが、本日只今俺の目の前にぶら下げられているのは、田中おでんだった。
『多分定時で上がると思います。おでん楽しみにしてます。ていうか俺はLINE入れたくない。メールでお願いします』
何なんですか、この文通は。田中は俺の妻ですか。仕事で疲れて帰ってくる夫のために、かいがいしく晩飯作って待っててくれるんですか。そしてベッドの中では野獣ですか。文字通り狼ですか。俺の方がぶち込まれるんですか。何かおかしくないですか。あ、電車がホームに入ってきた。
 先週の金曜日の夜から土曜日の深夜にかけて、俺は一度死んだ。と言っても過言ではない。命日だと言ってもいい。この満員電車に乗っている男性サラリーマンの中で、一体何人がこんな体験したことあるのだろう。全く変化のない毎日を送っていたというのに、突然アパートの隣人からナンパかまされて、そしたらそいつが狼男で、おまけにホモで(バイか)、物凄く料理上手で餌付けされて、気付いたら俺は処女喪失だ。たったの一週間でこの展開だ。ケツがむずむずする。ボラギノール買ってきた方がいいかもしれない。
 そういえば、昨日新たな事実が判明した。聞いていなかった方がおかしいのだが。何と、田中と俺は名前が同じだった。苗字は違うが名前が同じだった。俺の名前は『一馬』というのだが、田中の名前も『一馬』といった。いくら何でもネタだろうと怪しんだが、田中のパスポート(期限内)を見せてもらったら一目瞭然だった。狼男のくせに、パスポートなんか持ってやがる。俺なんか本州から外に出たのが北海道くらいの経験しかないのに、むかついた。フィンランドはいい国だとか言っていた。悔しい。俺も行きたい。沖縄のキラキラの海で泳ぐとか、小笠原でイルカと泳ぐとか、沖ノ鳥島に見学に行くとか、やってみたい。最後のやつは多分できない。そしていずれも日本国内だ。外国に行ってみたい。別に田中と行きたいと考えているわけではない。でも、頭に思い浮かぶのは何故か田中と二人で観光旅行している図だ。俺の頭は新婚旅行キャンペーンか。またスマホがぶーぶー言い出す。
『俺も多分定時で上がります。俺の方が遅かったらすみません。そこは適当に』
『了解。ビール買ってきます』
なんてこった、もう余裕で夫婦じゃないか。苗字が一緒になったら、同姓同名になっちまうじゃないか。
 電車を降りて一駅だけ乗り換えて3分歩くともう会社だ。しみじみ便利な場所に住んでいる。今となっては、あのアパートを選んだことが良かったのか悪かったのか俺にはわからない。会社に着いてロッカーにバッグをしまってデスクに座り込むと、思わず溜め息が出た。月曜日から溜め息なんかつくなと、上司から軽く怒鳴られた。お前に俺の深い悩みなんかわかるわけない。もういい、俺はエクセルと電卓が友だちだ。ハゲた上司の世話なんか焼いてられるか。
 昼休みまで光の速さで仕事をしたが、二つミスした。ハゲに叱られた。物凄く不愉快だ。これというのも、そもそもは田中が悪い。俺はへこへこと頭を下げて、昼飯を買いに外へ出た。夜は田中おでんだから、昼はおでんじゃないものにしよう。と確かに考えていたのに、気付いたら俺はセブンでおでんを買っていた。デスクではんぺんをかじっていたら、同僚の女の子に「えっ、もうおでん? 流行に敏感だよね山本さん」と笑われた。俺がLINEやってないことをいつも笑うくせに、こいつ。つまらないので、セブンのおでんを田中に写メしてやった。俺のピースサイン付きで。想像した通り、すぐにメールが返ってきた。
『夜はおでんだって言ったじゃないですか、俺のこと怒らせてるんですか』
そりゃそうだよな。怒るよな。
『田中おでんがあんまり楽しみなので、前菜にセブンおでん選んじゃいました』
この大根、まだ味が染みてない。もっとぐずぐずになってるのはなかったのかな。
『俺のおでんの方が美味しいので。あと、あんまり俺のこと怒らせない方がいいです。超絶気持ちイイ目にあわせますよ』
気持ちイイならいいじゃないか。もう痛くしないで。ホント痛かったから。実を言うと痛いだけじゃなかったけど。それはわざわざ言わなくてもいいと思う。
『ごめんなさい。田中おでん楽しみです』
今セブンのおでんを食べても、田中おでんはきっと間違いなく美味だ。俺の舌は田中に餌付けされているので、多分何を食べても田中の作るものが一番美味しく感じるに違いない。
 残業の必要もなく、5時過ぎには会社を後にすることができた。午後はミスをしなかった。時刻が遅くなればなるほど、早く仕事終わらないかなとそわそわしていた。どうして。それは早く田中おでんが食べたいからだ。あくまでも、おでんが主体だ。俺はおでんが好きだ。決して田中に会いたいとか、そういうことじゃない。俺は俺自身にどこまでも抵抗する。抵抗やめちゃえば楽なのに。田中の「往生際悪いなあ」という声が、脳みその中に響く。やかましい。
 最寄り駅の自動改札を出ると、少し離れていつものスーパーの入口が見えてくる。やたらと明るいので、余計なものを見てしまった。あれは田中だ。
「ん? 一人じゃない?」
スーパーの袋をぶら下げた田中は、何やらとっても綺麗な女の人と立ち話していた。俺は思わずそこにあった本屋の影に隠れてしまった。何故隠れる。もちろん何を言ってるのかは聞こえないが、とりあえず物凄く楽しそうだ。しかもホントに美人だ。田中も無駄にイケメンなので、妙にお似合いだ。もしかしてスーパーナンパじゃないだろうな。ていうか何でナンパしてんだよ。お前今ナンパする必要あんのかよ。ついこの前、俺のことナンパしたばかりじゃないのかよ。いつまで話してんだよそこの二人。あ、二人して同じ方向に歩き始めた。俺も思わず後を追う。こっちって俺らのアパートの方角じゃないか。どうしてこのカップル、仲良さそうに連れ立って歩いてるの。俺はビールを買う用事をすっかり忘れて、二人を尾行してしまった。当然ながら、うちのアパートの前まで来た。美人は会釈して、ちょっと手を振りながらさらにその先へ去って行った。田中もアパートの前で手を振っている。何あれ。俺、見たらいけないもの見ましたか。どうしよう。とりあえず電信柱がそばにあったので、その影に隠れてみた。田中はもう部屋に入ったか。
「山本さん、何やってんですか、そんなところで」
「わあ」
「今、俺のこと尾行してたでしょ。声かけてくれればいいのに、なんで隠れるの?」
田中が俺の目の前に立っていた。確かに田中だ。今日のネクタイは黄色か。ピカチュウ色だ。こいつ結構オシャレだな、黄色いネクタイが似合う。
「お、お、女の人と歩いてたから、お邪魔かと思って」
「何どもってんの。別に邪魔じゃないし」
「楽しそうだったじゃないか」
「ああ、ナンパされたんですよ。一応愛想笑いくらいしとこうかと」
なんだって。女からナンパされたのか。俺はそんなことされたことないぞ。
「ナンパされた、って。あんなところでいきなりナンパされるもんなのか」
「俺、イケメンらしいので。たまに女性からナンパされます」
「俺はされたことないぞ」
「俺がナンパしたじゃないですか。十分じゃないですか」
十分じゃないですか。何か違う。違う気がする。一生に一度ナンパされたのが男からの俺は何か違う。
「そ、それで、ナンパされてどうしたんだよ」
「いや別に。帰り道の方角が一緒だっただけ。尾行してたなら見てたでしょ。あの人は帰りましたよ、もう」
「つ、次に会う約束とかしたわけ?」
おどおどしている俺をじっと見て、田中は「まあ帰りましょう」と俺の腕を掴んで引っ張った。またかよ。俺はいつも田中に引っ張られて帰っていないか。
「離せって。スーツがシワになるだろ」
「ああ、すいません。まあとにかく入って。早く」
と言われて、ここはもう田中の部屋の前だ。田中が鍵を開けて、ドアに手をかける。
「入って。ほら、早く」
「え、ここって田中さん家」
「だから早く。おでん食べるでしょ?」
「は、はい」
この十日ほどで、一体何回この玄関から出入りしているのか俺は。やっぱりほとんど半同棲状態じゃないか。
 玄関先で、田中に中へ入るように急かされる。靴を脱いで上がる。田中がドアの鍵をかけた。チェーンはかけなかった。
「ほら、部屋行って」
「え、はい」
「あ、カーテン閉めてくれますか。そろそろ暗いし」
「は、はい」
そこらへんにバッグを置いて、言われた通りに窓のカーテンを閉める。急に部屋の中が真っ暗になった。
「はい、こっち」
「え?」
こっちと言われても、暗くてよくわからない。あ、田中の目が。目が光った。と思ったら、軽く突き飛ばされて俺はベッドに腰かける。
「嬉しいなあ、ヤキモチ焼いてもらった」
何だと? 誰がヤキモチなんか焼いた。そんな覚えは俺にはない。反論しようとしたら、田中の手のひらが俺の口をふさいだ。
「山本さん、ホントわかりやすい人ですよね。何考えてるのか丸わかり」
俺がもごもご言っても、田中は聞いてくれない。
「あなた俺のことが好きなんですよ、つまり。俺が知らない女と話してたから、不安になったんでしょ」
そんなことはない。断じてない。
「俺、おでんよりも山本さんの方が食べたい。ちゃんと安心させてあげますから」
「やっやめましょう、まだ夕方」
「いやもうすぐ夜ですから。大丈夫大丈夫、俺は今、山本さん一筋だから」
おい、勝手に服脱がせるな。勝手にネクタイ抜くな。
「やめましょう、明日も仕事だし」
「嫌です。やめません。俺をその気にさせるあなたが悪い」
「俺何もしてないのに」
「ホント無自覚で困った人だなあ。俺もう絶対山本さん離しませんからね。世界で一番好きです」
…そして結局、俺はまた抵抗すらできずに田中の言いなりになった。困ったことに、痛みが少し軽減していた。それだけではなく、ちょっと気持ちよかった。どうしてですか。ケツの穴ってそういうものですか。何か変なドロッとしたものたくさん塗られるから、痛いのは少しだけで済むし、当たり所が悪いと(いや良いのか)超気持ちイイし、ちょっと意識飛ぶし、何もかもあり得ない。既に俺は一般的な人生のレールから遥か彼方に外れまくってもう何も見えない。ここはどこ。俺って誰。お願いもうやめて気持ちイイから。頭の中が真っ白。

 

(続く)

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