ぼたもち(仮)の重箱

躁うつ病、万年筆、手帳、当事者研究、ぼたもちさんのつれづれ毎日

【小説】6 永遠に終わらない冬

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 翌日、デパートのアクセサリー売場で結子はピアスを物色していた。またしてもコートとバッグを持たされて、真実は姉の後ろをついて歩いた。真実が想像していたよりも高額なものばかりで、少し心配になってくる。買ってやると言うには言ったが、自分が持っている小遣いで足りるだろうかと。
「もっと安いのにしたら」
真実が言っても、結子は首を振るばかりだ。
「だってプラチナだもの、みんなこんな感じよ」
「プラチナしか駄目なのかよ」
プラチナは高い。どんなに安くても高い。真実はいよいよ不安になってきた。
「昨日なくしたピアスだってプラチナだったのよ。シルバーは嫌なの、すぐに真っ黒になるから」
「ゴールドは」
「金色よりも銀色が好きなのよ、私。金色ってぎらぎらしてて嫌い」
いちいちうるさいなと真実は溜め息をつく。やはり女の買い物は面倒だ。
「チタンとかは。アレルギーの人でも大丈夫な金属だろ」
「一度プラチナにしちゃうと、他のものなんか使えないわ。使い心地が違うもん」
ああ、うるさい。もう何でも好きなものにしろ。弟の金で足りなければ自分で出せ。真実は大欠伸をして、結子の重いコートを抱え直した。
 結子の脚が止まり、しばらく動かない。首を伸ばすこともなく、手も出さない。一体何を見ているのかと真実が覗き込むと、その店はペアリングを専門に売る店だった。若いカップルに好まれそうなデザインばかりで、価格も一万円以下が多く比較的手が出しやすい。
「これピアスじゃないぞ」
「そうね、指輪だわね」
店員の女性が満面の笑みを浮かべながら、じりじりと近付いてくる。
「指輪に用はないだろ。行こうぜ」
真実がさっさと歩き出そうとすると、結子は真実の腕を掴んで引き止めた。
「真実、あんた指輪のサイズいくつなの」
「し、知らねえよ。指輪なんか興味ないから」
何を言い出すのかと思って真実が戸惑っていると、店員嬢が指輪のサイズを測るリングの束を取り出し、じゃらじゃらと音を立てて「お測りいたしますよ」と言ってきた。
 結子は店員嬢に向かって微笑し、両手で真実の左腕を掴み引っ張った。真実は落としそうになるコートやバッグを慌てて抱える。
「この子の薬指、ちょっと測ってくださいますか」
「はい、かしこまりました。失礼致します」
店員嬢は真実の左手を静かに開かせて、一瞬だけ眺めた。リングの束から一つの輪を取り出し、真実の薬指に差し込んでみる。その輪は彼の指にぴたりとはまった。
「十四号か十五号くらいがよろしいかと思います」
にこりと笑い、店員嬢はリングの束を引く。真実はぽかんとしているだけだった。結子は「私も最近測ってないからお願いします」と左手を差し出している。同じく一発でジャストサイズがはめられたらしい。
「七号です。お客様、細くていらっしゃいますね」
「手が小さいから、私」
「女性らしくて、可愛らしいですよ」
店員嬢にお世辞を言われ、結子はまんざらでもなさそうな表情だ。十五だろうと七だろうと、真実は指輪のサイズのことなどわからないし興味もない。が、結子の機嫌が良くなりそうなので、戯れに店員嬢に訊ねてみた。
「七号って細いんですか」
店員嬢は力を込めて首を縦に振る。
「ええ、そうですね。薬指なら九号くらいの方が多いように感じます」
「七と九でそんなに違うんですか」
「意外と違うものですよ。六号などというお客様は見るからに小さな手でいらっしゃいます」
そんなものなのか。では姉は女の中でも手が小さいのか。真実は「ふうん」と小さな声で頷いて、結子を見た。結子は既に様々なデザインの指輪を手に取って選んでいた。
「おい、指輪に変えたのかよ。ピアスはやめたのか」
「うん。指輪にする。ピアスはまた今度ゆっくり買うわ。余り気に入るのがなかったし」
 真実は、昨夜自分が言った言葉を、結子が意識しているのかと思わずにいられなかった。
『ピアスがいいんだろ。それとも指輪の方がいいか』
自分でも、何故あのような発言をしたのかわからなかった。姉を驚かせようとしたか。自らの想いの強さに念押しでもしたかったのか。しても意味のないことをして、無意味に結子の心を揺さぶる。まるで本当に恋の駆け引きをしているようで、真実は自分の愚かさを情けなく感じた。実の姉に対して身勝手に恋慕し、身勝手に気持ちを押し付け、身勝手に心を揺さぶるような言動を繰り返す。こんなことを続けていたら、姉の心身が疲弊してしまう。それなのに、馬鹿な自分を止めることができない。
 「ねえ、真実」
はっとして顔を上げると、結子が目の前に指輪を差し出している。どうやらシルバーのように見えるが、シンプルなリングの中に細かい模様が施されてあり、男性的とも女性的とも言えない地味ながら小洒落たデザインだった。
「このデザイン、どうかな」
じっと見つめて、真実は答えた。
「いいんじゃないの。似合うと思うよ。中性的でかっこいいかもね」
「違うわよ、あんたが自分ですると思ったら、このデザインはどうかってこと」
さらにぐっと指輪を近付けられ、真実は思わず半歩引き下がる。
「お、俺は指輪なんかしないよ。いきなりそんなこと言われたって」
「指にはめなくてもいいわよ。チェーンか何かで首にぶら下げてもいいんだから。デザインが気に入るかって聞いてるの」
「いや、まあ。デザインはいいと思うよ。俺は好きだよ」
真実としてはどうでも良かったが、結子は「そう」と頷きくるりと真実に背を向けて店員嬢と何やら相談していた。真実が「あのさ」と声をかけても、うるさがられるだけで間に入ることはできなかった。
 細めのレザーネックレスが何色か並べられ、順番に指輪を通して結子は鏡と向き合う。似たような動作を繰り返していくうちに、お気に入りの組み合わせを見つけたらしい。決まってしまえば早いもので、結子はクレジットカードとサインのやり取りをし、指輪のぶら下がったレザーネックレス二つが簡単に包装されていく。真実はぼんやり見ていただけだったが、気付けば結子に腕を引っ張られていた。
「何してるのよ。もう終わった。ケーキでもおごってよ。そうだ、今日はホットケーキが食べたいの」
アクセサリーショップの小さな紙袋を押し付けられ、真実は家来さながらに結子の後をついて行く。デパートを出ると一瞬で北風に襲われる。結子が寒いと言い出したので、真実は背後からコートを着せてやった。弟を召し使いか執事か何かと間違えているのではないかと思うほど、結子はいつも真実をこき使う。いつものことで呆れつつ慣れてはいるが、もしも死ぬまで同じことをできるかと言われたら「はい、もちろん」と誰憚ることなく誓えるだろうと思った。
 一生、姉の側にいられるか。一生、姉に仕えることができるか。
 はい、できます。姉が、許してくれるのであれば。
 願わくば、姉が望んでくれますように。
 「俺は馬鹿だ」と心の中で呟き、真実は結子の「七号」と言われた指を横から眺めた。その手はとても小さく、真実が力一杯握れば確実に骨を砕いてしまうであろう、か細く白い指先だった。

 

 小さなホットケーキが三段重ねに置かれ、真っ白なホイップクリームやカットされた果物で飾られている。結子はナイフとフォークを使い、嬉しそうにそれを頬張っていた。真実の目の前には、これから結子に強奪される予定のクリームブリュレが置いてある。
「結局ピアスは買わないし、指輪も自分で買ってたじゃないか」
「いいのよ、気に入ったものを買いたいもの。ピアスは本当に気に入るものがなかったし」
口をもぐもぐと動かしながら、結子は先ほど買った指輪が入った小さな紙袋を開いた。包装紙を丁寧にぱりぱりと開いて、二つのペンダントを取り出す。レザーの紐にぶら下がった指輪が大きな方を「はい、あげる」と真実に手渡した。小さな指輪のペンダントは彼女が手にしている。
「さっきから思ってたんだけど、どうして俺が姉ちゃんとお揃いの指輪を持つんだよ」
「あら、嫌なの」
一口大に切ったホットケーキにクリームをするりと塗って、結子はぱくりと食べた。小さな唇が怒っているかのように上下に動いている。
「嫌ってわけじゃないけど、理由がわかんねえだけだ」
「別にいいじゃない。使いたくなければ部屋に置いておけば」
真実は、我が姉ながら意味不明な女だと感じた。発言や行動は気紛れ、自分に対する態度もころころ変わる、根拠もなく一貫性もない。例えば弟の道ならぬ恋心を拒否したいのならば、徹底的にそうすれば良いのだ。しかし拒否しているようで受容している。受け入れる部分もあれば拒む部分もある。怯えた目を向けることもあれば、必要以上に接近することもある。ピアスが欲しければ、素直にピアスを買え。何故ここでお揃いの指輪を買うのか。もしや、またしても牽制の類か。だが指輪を買うことが牽制になるか。全く分からない。理解に苦しむ。恋が成立したのだと、弟がうっかり勘違いしたらどうするのだ。無意味に相手の心を揺さぶろうとしているのは、どうやら真実だけではなかったらしい。
 真実は少々腹立たしく感じ、自分から牽制球を投げた。ペンダントヘッドになっている指輪を、紐からはずして取り出す。結子は目を見開いて、真実の手の動きを見ていた。真実は自ら左手の薬指にはめ、どうだ似合うかと結子の目前に手を差し出す。
「あ、あんた指輪なんかしないって言ったのに」
「でもこれは指輪だろ」
「そうだけど、ペンダントなら使いやすいでしょ」
「指輪は指輪。姉ちゃんも正しく使ったらどうだ」
少し狼狽えた様子を一生懸命隠す振りをして、結子は「何言ってんのよ」と呟いている。テーブルの上にある結子のペンダントを指先でつまんで紐の部分を持ち、空中にぶら下げ指輪の部分を姉の額に振り子のようにポンとぶつけた。突然顔に攻撃を受けた結子が抗議しようと口を開く前に、真実は低い声で言った。
「俺がはめてやろうか。左手の薬指に」
結子は大きな目をいよいよ大きく丸くして、何か言いたげに口を微妙に動かしている。真実は笑った。ひどく意地の悪い気分になった。狼狽する姉を愛しいと感じると同時に、どうしようもなく憎い存在にも感じた。
「ほら、食えよ。焼きプリン」
「クリームブリュレよ」
「似たようなもんだろ」
結子の方に手をつけていないケーキ皿を押しやり、真実は結子の七号の指輪を手にして眺めていた。試しに人指し指にはめてみようとしたら、爪の先にすら入らなかった。小指にはめてみたら、かろうじて爪を包む程度まで入った。こんな細い輪が指にすっぽり入るとは、女の指など本当に脆い。グラスを握り潰せば砕けた欠片で大怪我をするが、女の手を握り潰せば中の骨が砕けるだけで自分は怪我をしないだろう。いやそれとも骨を砕くとどこからか出血するだろうか。指も腕も首も、どこもかしこもすぐに壊すことができる。結子の細く長い首など、一瞬でへし折れる。
「だから男は女を大切にするのか」
真実はぼそりと呟いた。声に出したつもりはなかったが、結子は顔を上げて「なあに」との表情で首を傾げている。白く細い首を傾げている。
「姉ちゃん、首細いな」
突然言われたからか、結子はきょとんとして自分の首周りを触った。
「そうかしら。まあ確かによく言われるわね」
「ふうん」
だから何だと言う結子を無視して、真実は窓の外を眺めた。まだ太陽は高い。陽の光に結子の指輪をかざして見る。買ったばかりのシルバーはまだキラキラと輝いていた。この指輪、結子の指に似合うのかそれとも胸にぶら下げるのが似合うのか。姉はいつまでこの指輪を持っていてくれるだろう。錆びたら捨てるのか。磨いて磨いて使うのか。真実は、自分なら磨いてでも一生持っていたいと思った。思った途端、胸が痛んだ。指輪などモノに過ぎないのに。モノなどいつかは壊れるのに。人間もいつかは死ぬのに。ならば、たった今こうして姉を慕う自分の心は一体何なのだろうか。わざわざ恋などしなくても、姉と弟は水よりも濃い血という繋がりがある。どんなことがあっても、自らの意識から消えてなくなる日は来ない。姉と弟で十分ではないか。生涯離れたくないのならば、きょうだいで良いではないか。どうせ離れようとしても離れられない、家族だからだ。何故、恋など。してはならない恋など。
 「姉ちゃん」
空を眺めて真実は話し掛けた。視野の中で結子が真実の顔を見ているのがわかる。
「つまんない駆け引きしようとするなよ。牽制もやめとけ。俺にはきかないから」
結子は眉をひそめた。
「どういう意味よ。私がいつそんなことしたって言うの」
「してるじゃねえか。この指輪とかな」
真実はコーヒーを一口飲み込み、指輪のついたレザーのペンダントを揺らしながら結子を見つめる。
「姉から弟へのプレゼントとでも何とでも理由は作れるだろ。でもな、作り物の理由なんか俺はいらないんだよ」
結子は黙って真実の言うことを聴いていた。せっかくのクリームブリュレが、まだ半分ほど残っている。しかしスプーンを持つ手は止まり、憂鬱に重くテーブルの上に白い指が置かれている。
「言っておくけど、俺は男だ」
結子の頬が、ぴくりと動く。少しばかり嫌悪の表情が見て取れた。
「変なこと連想するなよ。俺が言いたいのは、男は女よりもずっと身体はでかいし力も強い。姉ちゃんよりもちびで弱くて姉ちゃんと喧嘩して泣かされてた頃の俺じゃないってことだよ、今はもう」
「だからって姉より威張っていいってわけじゃないでしょ」
「俺は別に威張ってないってば。いつまでもガキと思うなよって言いたかったんだ」
「別にガキだなんて思ってない。あんた立派に大きくなってんじゃないの。身長も高いし力も強いし」
「わかってるなら、いくら弟でも学生でも、大人になった男をなめるなよ」
なめるな、という言葉がショックだったのか、結子は口を閉じた。
「そりゃあ、学生はまだ子どもだよ。いくら成人式済ませてたからって、社会に出てないような奴は子どもだ。それに姉と弟、どこまでいっても弟は位負けだよ。姉の方が先に生まれてるんだからな。子どもが親の位に勝てないのと似たようなもんだ」
真実は結子のスプーンを奪い食べかけのクリームブリュレを一口食べ、コーヒーを飲んだ。結子は真実の口元をぼんやりと見ている。
「社会的にはガキでも、身体は大きくなる。力は強くなる。だから男は自分を制御しなくちゃいけないんだって最近思うようになった」
真実が少し笑って、結子に「ちょっと右手出してみろよ、握手するだけだから」と言うと、結子は素直に右手を差し出した。真実の右手と握手する。だが、真実はそのままどんどん右手に力を入れる。小さな手だ。まるで子どもみたいに。力を加えていく度に、結子の顔が歪んでいく。
「痛いよ、離してよ」
「痛いか」
「痛いってば、右手が使えなくなる、やめて」
ぱっと手が離される。結子の右手は真っ赤になっていた。強く握られて形がおかしくなった指が解放され、一瞬で元の手に戻った。
「痛いじゃないのよ、ひどい」
「俺はほんの一割程度の握力しか出してないぜ」
「当たり前でしょ、男なんだから女よりも握力強いに決まってる」
真実は結子を軽く睨んだ。
「だから余計なお遊びで俺を牽制したりするなって言ってるんだ。もちろん俺は何だって我慢する。姉ちゃんを苦しめるようなことだってしたくない。何があったって我慢するし、何があっても姉ちゃんを守るさ、俺の目の届くところならな。だけど軽く見られるのは嫌だ」
結子はしばらく視線を泳がせていたが真実から目を逸らして、残ったクリームブリュレを平らげた。コーヒーをもう一杯飲みたいと言うので、二人で追加のオーダーをした。
 先ほどよりも少しばかり傾いた太陽のせいで、テーブルを挟んだ二人の影が長くなり始めている。
 どれほど重苦しい会話を交わしたとしても、姉と弟は、同じ生家に帰る。

 

 「そのペンダント、いや、指輪。姉ちゃんはどっちで使いたいんだ」
真っ赤な夕焼けが鮮やかな帰り道、二人は自宅の側の小さな公園でブランコにいた。結子が「疲れた」と呟いて、ふらりと公園に入ってブランコに腰掛けたからだ。真実に子ども用のブランコは窮屈なので、柱に寄りかかり立っていた。
 結子は今、ペンダントとして指輪を首にかけている。白い指が、胸の指輪を触って遊んでいる。結子は指輪を見下ろして、小さく呟いた。
「指輪は、指輪として、使いたい」
俯いたまま、結子は指輪を握り締めた。
「なら指輪として使えばいい」
真実がゆっくりと結子の目の前に歩み寄り、指輪のペンダントを細い首から取り去った。レザーの紐が目を閉じた結子の頭を通り過ぎる時、真直ぐな髪が乱れる。俯いたまま彼女は片手で髪を撫で、乱れを直している。真実の方を決して見ようとはしなかった。
「俺は指輪として使う。姉ちゃんも指輪にしたいなら、そうすればいいんだ。お揃いであることに、意味はないことにしよう」
真実は指輪を紐から取り外し、地面に落とさないように気を付けて指で持った。ぼうっとして俯いている結子の左手を取り、その薬指にそっと指輪をはめる。七号の小さな指輪は、呆気無く結子の薬指におさまった。
「俺とお揃いであることに意味はない。俺がはめてやったことにも意味はない。それは姉ちゃんが自分で買った指輪だ」
結子は顔を上げ、真実を見上げた。
「意味、は、ない、の」
「そう、意味はない。意味を感じるなら、それは姉ちゃんの心の問題だ」
真実の大きな手が、結子の頭を静かに撫でる。今だけ、兄と妹になった気分がした。
「真実、あんたはその指輪に、意味、を見い出してるの」
結子が消え入りそうな声で言うと、真実は夕焼け空を見上げて言った。
「ああ、あるよ。俺にはね」
「どんな意味なの。教えて」
真実はダウンコートのポケットに両手を突っ込んで、夕焼け空を見上げるばかりだった。低いブランコに腰掛けた結子には、その姿は大きな影に見える。
「今さら、言う必要はないだろ」
「教えてよ」
結子は叫んだ。静かな公園の空気が、ほんの僅かに動いた。
 真実は目を眇めて結子を見下ろす。無表情に、冷ややかに。
「姉ちゃん、」
低い声が、公園内の動いた空気を鎮める。
「姉ちゃんこそ、俺に何を求めてるんだよ。俺が教えて欲しいくらいだ」
 真実はしゃがみ込んで結子と視線を合わせた。そして自らの左手の薬指にある指輪に、そっと唇で触れた。結子は沈黙し、目の前の弟の行動をじっと見つめていた。
 二人は長い時間、見つめ合っていた。互いに目を逸らすこともできず、見つめ合っていた。