ぼたもち(仮)の重箱

躁うつ病、万年筆、手帳、当事者研究、ぼたもちさんのつれづれ毎日

私に触れてみて

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触ってみると気持ちのいいものは、たくさんある。洗ったばかりの綿のシーツや、シルクのスカーフ、柔らかなガーゼ。ふわふわとしたもの、すべすべとしたもの、つるつるとしたもの、やわらかいもの、ぬるりとしたもの、あたたかいもの、つめたいもの、人の好みによって様々にたくさんある。私の好きな感触は、人の髪の毛の触り心地だ。女の人の長い髪や、男の人のさらりとした短髪や、もちろん自分の髪の毛も。ムースや整髪料をつけていなくて、洗いっぱなしのさらさらの感触が好きだ。とは言え、他人の髪の毛を触ることはめったにないのだが。

 

人間は「気持ちのいいこと」が好きだ。快い状態が好きだ。生きている限り、当然のことだろう。快適な状態よりも不快な状態の方が好ましい人は、あまりいないと思う。他者から見て快適に見えなくても、本人が快適だと思っていればそれが「気持ちのいいこと」なわけだ。赤ちゃんは気持ちが良ければニコニコするし、不快ならば泣きだす。大人になれば泣くことはないけれど、不快ならば顔をしかめたりする。気持ちが良ければふふっと笑ったり、満足そうな顔をする。

 

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少しばかり成長した私が初めて「わあ、気持ちいい」と思ったのは、クラスメイトから髪の毛を触られたときのことだった。確か小学三年生の夏だった。体育の時間にみんなでプールサイドに座って先生の注意を聞いていたとき。私たちが座っていたあたりに落ちていた長めの髪の毛が、いったい誰の髪なのかを測ろうということになった。女の子のうちの誰かがその髪の毛を手に持って、同じような長さの髪の女の子の頭に当てて長さを計測するのだ。おかっぱ頭の私もちょうどその長さと同じくらいだったので、彼女は一本の髪の毛を私の髪にそろっと触れさせた。それがとてもとても気持ちのいい感触だった。「あ、長さが違う、あなたの髪じゃない」と言われたのだが、私はあまりの快さに「そうかなあ、もう一回当てて」と言ってしまったくらいだ。明らかに長さが違ったので、私の願いは採用されなかったのだが、髪の毛にそおっと触れられる感覚がとても気持ちのいいものだという体験は、私の心の中に強く印象付けられた。この体験は私の最初の性的快感だったのかもしれない。とは言え大人になった今は、他人に髪の毛を触られるのはそれほど好きなわけではないところが不思議だ。

 

私にとって、「気持ちのいい音」のようなものがある。それはよく、マンガの中に表現されている。マンガで描かれている擬音で、衣擦れなどを表現する「すっ」(または「スッ」)という音が入ったワンシーン。全てこの音が描かれていれば気持ちがいいわけではないのだが、時折ひどく私の目を惹きつける。若い頃に読んだ高橋留美子の『人魚の森』というマンガのある見開きに、この擬音が多用されているページがあり、私は毎日毎日そのページばかり飽きもせず眺めていた。眺めていると、その「スッ」という音が聞こえてくるような気がして、とても気持ちがよかった。この場合の「気持ちいい」が何を意味するのか、非常に難しい。性的に気持ちがいいわけではないし、いったい何なのだろう。「スッ」の他にも、「さら」、「カラリ」など、いくつか私が気持ちよくなる擬音がある。この感覚器官の官能のようなものは、とても不思議で私にとっては面白い。私はマンガを読むときは、どこかに気持ちのいい擬音は出てこないかなと、いつも無意識に探している。

 

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私は触覚的には過敏な方だが、性的には冷感症に近い。せっかく子どもの頃に髪の毛に触られて気持ちよかった体験があるというのに、大人になったらすっかり何も感じなくなってしまった。性欲はほとんどないし、性交渉に興味もない。年を取ったからというよりも、あまりよろしからずの思い出ばかりなので興味がなくなったのだろう。しかしマンガの中で気持ちのいい音があるとか、髪の毛の感触が気持ちいいとか、全てに冷え切ったわけではないようなので、自分では本当に面白いなあ、と思っている。空想の中で「おお、気持ちがいいなあ」と感じられるのは、誰もがあることなのだろうか。誰かそのような研究をしている学者がいるに違いないと考えているのだが、探すほどのことでもないので放置している。ひたすらに気持ちいい感触を探すことが楽しいのだ。ただし、過敏なだけに不快な感覚を抱くことも多いので、それはいただけない。例えば病院で聴診器を当てられるのは嫌いだ。くすぐったくて気持ちが悪い。また、電車の中で後ろに立たれるのも嫌いだ。ぞわりとして不気味で、震えがくる。歯医者の感触はこの世で最も嫌いなものだ。好きな人はいないだろうが。気持ちのいいものを探そうと過敏さを駆使してみると、不快なものまで拾ってしまうので困ったものだ。

 

この年になったらもう不快な感覚はなるべくおさらばしたいと思っているのだが、生きていると快もあれば不快もあるのは仕方ない。せめて人間関係だけでも、不快なものはおさらばするべきかと考えるようになった。趣味の悪い私はわざわざ不快な人間関係にしがみつくことを常としてきたが、最近ようやくそれが悪趣味なことだと気づいたので、やめようやめようと思っている。不快な人間関係。全く気持ちよくないではないか。嫌いな人に髪の毛を触られるようなものだ。不愉快極まりない。

 

ここまで生きてきたのだ。これからは快い感触だけを追い求めてもいいのではないだろうか。そうしからたって、責められるようなこともないだろう。不快な感触は少しずつ取り除けて、気持ちいい感触で過ごしたい。

 

 

 

 

廃墟は再生する

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廃墟が好きだ。廃村や廃屋、廃線。打ち捨てられた何か。役目を途中で停止させられ、適切な処理を施されることもなく、責任を放棄されたもの。その佇まいは仄暗く、どこか悲しく切なく、しかし自ら命を絶つこともできずに生き続けているように見える。かつてたくさんの魂が行き交った場所、捨てられてもいつの日にか残された命がぼんやりと浮かんでいるようだ。だから多くの人が幽霊の出現を求めて廃墟を訪れるのだろう。そこには確かに、何かしらの霊がいて当然だ。行き場をなくした建造物に、行き場をなくした寄る辺のない魂が集まってくる。

 

幼い頃から、廃墟の様子を見ることが好きだった。何が私をこんなにも惹きつけるのだろうか。廃墟に向かって装備しながら打って出ようと思ったことがあるわけでもないし、幽霊に興味があるわけでもない。実際に出かけたことは一度もない。行ってみろと言われたら、やはり怖いと思うのではないだろうか。それなのに、私は何度も廃墟の写真を眺めるのだ。

 

廃墟は美しい。全ての人に捨てられて、全ての人に背かれているのに、物理的に倒れることなくそこに立っている。だが、徐々に倒れている。昨日より今日、今日よりも明日、少しずつ少しずつ倒れ、崩れ、いつかは全て壊れていくのだろう。その過程の一瞬が、美しい。捨てられたものは、自滅していくしかない。自滅という破壊に向かって、ゆっくりと、とてもゆっくりと進んでいく。

 

まるで、私の心のように。

 

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手の施されない廃墟は美しい。けれども、そこに伸びてきた自然の力が、廃墟を変化させていく。人の作った建物が、手入れされないまま植物たちに浸食されていく。その姿は美しさよりもむしろ、違和感を起こさせる。灰色の廃墟が緑に包まれていき、そこに一輪の花が咲く。妙だ。ひどく気持ちが悪い。暗くよどんだ色と空気こそが似合う廃墟に、鮮やかな色合いが出現し、その場は急速に「廃墟」ではなくなっていく。命のなかったものに、命が宿る。なかったはずのものが、なぜ今こうして出てくるのだろうか。

 

まるで、私の心のように。

 

長い時間をかけて破壊され続けた私の心には、一輪の花も似合わなかった。打ち捨てられ、背かれ、自らをも捨てて、薄皮を剥がすように壊れていくことが望まれていたことで、似合うことだった。私には、花は似合わない。生きた花は似合わない。造花すらも。壊れゆくもの、倒れゆくものに花は不要だ。全て死に絶えてから、供える程度にしてほしい。それなのに、花は少しずつ少しずつ増えていき、私の意思に反して生命力を注いでいくのだ。望んでいない。私は望んでいない。このまま倒れていって、打ち捨てられていくことが私の運命だと感じていたから。そう感じていれば、どこか安心だったから。

 

廃墟もまた、再生するのかもしれない。緑の蔦が伸びてきて建物を覆い隠し、飲み込んでいく。青々と茂った植物は命の力に満ち、花を呼び、虫を呼ぶ。増えていく。息を吹き返す。花が咲く。花がこんなにもたくさんになる。廃墟のように壊れゆくはずだった私の心は、いつか青く生命力に溢れ、花に囲まれるようになった。死にゆくものの美しさを、命は凌駕する。いずれ訪れる本当の死のために、不完全な死を鎮めおさめていくのだ。ゆっくりと進む不完全な死は停止ボタンを押され、命の再生ボタンが押される。廃墟だった心は、目を開く。もう一度、生き始める。廃墟の美しさは、一輪の花の美しさに座を譲った。

 

私の心、なのだ。

 

不完全な死を飲み込んで、新しく生きろと花は言う。季節が来れば、花は枯れる。枯れてもまた、春になれば花が開く。人の心もまた、枯れては咲き、咲いては枯れ、生命を巡らせる。夜になれば眠り、朝になれば目覚める。不完全な死の中で眠り続けた心は目覚める。春の朝に。

 

 

 

シャンパンファイト

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勝負と名の付くものには、およそ勝ったことがない。試合と名の付くものもまた同様。私にとって何かに勝つということは、人生にまるで関係のないことのように感じる。

 

スポーツ観戦が好きだ。体操、スケート、スキー、大相撲、野球、テニス、駅伝、マラソン、それからそれから。これといった「推し」があるわけでもなく、ただ楽しく美しいから見る。スポーツをする若者は美しい。主催する大人たちは金に汚いようだけれど。ただひたすらに修業し、試合の一瞬にかけるその姿が美しい。何一つ勝ったことのない私の目に、彼らはテレビ画面の向こうで輝く宝石のように映る。なぜそんなにも一生懸命なの。どうしてそんなにも打ち込めるの。私が今までの人生で出会えなかったものに、彼らは出会ったのだ。心身をかけて打ち込める、何か。

 

全身をかけて、命すらかけて打ち込めるものに出会わなかった私には、何かが足りなかったのかもしれないと思う。それは意欲かもしれないし、根気かもしれない。忍耐強さかもしれないし、単に体力かもしれない。いや、希望だったのかもしれない。希望、夢、パワー。生きる力のようなもの。私という人間全体に、希望というものは皆無だった。夢のない子どもで、目標もない子どもだった。大人になったら、何になる? そんなことを聞かれても、一つとして答えられなかった。なりたいものがなかったからだ。足りなかったのだ。希望の光が。

 

 

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私の家族は、父と母、かなり年上の兄の4人だった。兄は結婚して別居しているが、父と母は今も一緒に住んでいる。夏休みや年末年始には、4人でよくゲームをやった。トランプ、花札ドンジャラ(麻雀の子ども版)、百人一首。いつも勝つのは父だった。父はゲームに強く、少しばかり負け始めても決してビリにはならなかった。常に最下位だったのは最年少の私だった。私の負け癖が家族のせいだとはまったく思っていないが、関係はあるかもしれない。勝つことは嬉しくないわけではないが、特にこれといった大きな喜びというわけでもなく、負けても一向に構わなかった。私は負けて当然なのだと思っていた。なぜなら、頭が悪いのだから。

 

今も、勝負は嫌いだ。ゲームで対戦するのは好きではない。負けるのが当然だからだ。なぜなら、私は頭が悪いのだから。

 

私の頭が悪いって? 誰がそんなことを決めたのだろうか。勉強ができないからか。成績が悪いからか。算数や数学が嫌いだからか。物理がわからないからか。英語が読めないからなのか。ドイツ語についていけなかったからだろうか。確かに関係あるだろう。子ども時代の勉強は、意外なところで役に立つ。勉強の意欲のない子どもは、とりあえず学校へ行っておいたほうが無難だ。記憶力のいい時代に、脳みそに詰め込んでおく必要のある情報も結構あるものだ。しかし本当の頭の良さは、そこだけではないだろう。どんなに学校の成績が良くてノーベル賞が取れるほどの頭脳があっても、頭の良くない人は存在すると私は信じて疑わない。勉強ができて、ゲームに負けなければ、それで頭がいいのだとは誰も認めてはくれないだろう。仕事中の不意の電話、不意の来客、ほんの小さなアクシデント、そういうものに柔軟に対応できて、融通が利いて、優先順位が理解できて、判断ができて、こそ、ではないか。その点では、私は自信があったのだが。

 

それでも私は、勝負が好きではない。負けるのが当然であり、負けに甘んじるのが私のつとめだと思っていたからだ。こんなにも理不尽な理屈があろうか。「負けに甘んじるのが私のつとめ」とは何事か。いくらなんでも、自分を低く見すぎていやしないか。

 

苦しい試合に勝ち進んで、最後の試合に勝って、喜びのシャンパンファイトに沸くのを憧れているわけではない。憧れてはいないけれど、それはどんな気持ちだろうかとふと思う。殴られ続け、負け続け、それが私だと思い込んでいた人生は、どこかで道を変えていたらシャンパンファイトの待つ人生であったかもしれないのだ。下戸なので酒を浴びたくはないが。

 

人生はあと何年残っているだろうか。30年か、3年か、それとも3日か。これから勝つ人生へとシフトチェンジするほどのパワーは持っていないが、せめて負けに甘んじることをやめたい。それも、直ちにだ。私は確かに、負け犬だった。遠吠えすらしない弱々しい負け犬だった。いつまでも負け犬でいるな。顔を上げろ。胸を張れ。声を出して吠えてみろ。私はここにいる、私は私だ、私はこの世にたった一人しかいないのだと。

 

スポーツ観戦が好きなのは、本当は勝ちたいからだ。負けたくないからだ。殴られたままで打ち捨てられる人生が、我慢ならなかったからだ。もう一度、殴ってみるがいい。もう二度と私は倒れない。

 

死ぬ間際のシャンパンファイト。それもまた、いいじゃないか。

 

 

 

歌うのは誰のため

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幸せになると、歌えなくなる。満足すると、書けなくなる。明日あなたが小説を書かなくなっても、何もおかしいと思わないと言われたことがある。自分の中の何かがフルになると、今までやっていたストレス解消法が全く必要なくなるタイプなのかもしれない。この世には書かずにいられなくて宿命のように書き続ける人もいるというのに。自分自身では書き続ける人だと思い込んでいたけれど、意外とそうでもないことに最近気づいてきた。

 

合唱団で歌わなくなって、もう15年くらいになる。かつてソプラノパートを担当していた声はすっかり枯れて、高音を出すのはほぼ不可能になった。かと言ってアルトを歌うのも難しい。低い歌声は出ないのだ。話す声は結構低いのに。同様に小説と思われる散文を書かなくなってからも、長い時間が経過した気がする。歌にくらべれば少しは長く書いていたが、最近はめっきりだ。ほんの小さな短編を、お遊びのようにぱらぱらと書いてそれだけ。

 

若い頃は、毎日のように夜中まで小説を書いていた。作家になれると思ったことはない。なりたいと思わなかったわけではないが、才能があるとも感じられなかった。才能があるのならば、もっともっと物語が紡げたことだろう。私が書いていたものは、売れている小説の二次創作、キャラクターと設定を借りてきたただのニセモノだ。それでも書くことが楽しくて、毎日毎晩仕事が終わればボンダイブルーiMacに向かい、カタカタ、カタカタとキーボードを打ち続けた。できあがれば自らのホームページに掲載し、多くの人々から読んでもらうことができた。感想をもらえることもあった。励まされて、また書いた。書くことが、楽しかった。書くことしか、楽しくはなかった。私の毎日は、暗かった。

 

自らは文章を書かないが、評論に優れた年上の友人と親しくなった。彼女は多くの作品を読み評した。私の作品も丁寧に読んで評価してくれて、とても嬉しかった。彼女の評価が高ければ、なお励まされてがんばった。彼女からの評価のメールを保存しておけばよかったのに、残念ながら一通も手元に残ってはいない。それはそれでいいのだろう。若き日の思い出はぼうとした記憶としてほんのりと手元にあればいい。

 

その後、私はオリジナルの小説も書くようになった。もっと体力があれば完結させられるだろうに、10年近く前から書き続けていた未完の一作が気になっている。どうしても完結させたいのだが、書くだけの気力がない。ここに、「書き続けられない私」が存在する。明日、書かなくなっても誰も不思議に思わない。書かないでいる私でも、特に問題はない。

 

この三日間(正確に言えば一日だが)、書いていたかつての自分をもう一度探すように、散文を綴っている。そう、私は書いていた。書くことが好きだった。書くこと以外、好きではなかった。学問もなく教養もない私がたった一つ悪くないと思っていたこと。それが自分の文章力と言葉選びのセンスだ。不特定多数が認めてくれなくても、華やかな場所で目立たなくても、私の文章がいいと感じる人に届けばそれで構わない。書く人と読む人には、相性がある。私と相性のいい読み手がいれば、届いてほしい。自信はないが、悪くない。その程度の気負いで、私は常に何かを書いている。誰かと比べることもなく、ただ自分の書くものは悪くない、そう思っているだけなのだ。

 

幸せになると、歌えなくなる。満足すると、書けなくなる。いま私はどちらかと言えば満たされているから、もう書けないのかもしれない。未完の小説も、このまま忘れ去ることになるのかもしれない。けれども不思議なもので、何年も経過してから再び取り組むことはある。未完の一作も、いつかは完結の日が来ることを願っている。完結したからと言って、何が変わるわけでもない。ただ誰にも知られていない物語が終わるだけの話だ。そこにあるものは、作者の自己満足とわずかな成長だろう。書く人は、自分自身のために書くのだ。それが誰かに偶然届けば、少しだけ嬉しい。その程度。

 

ウケのいいものなど、書けない。自分のいいようにしか、書けない。だから私は、プロにはなれない。かつて作家になりたいと少しばかり思っていた気持ちも、今は消え去った。作家を名乗らなくても、ライターを名乗らなくても、私は私にしか書けないものが書けるのだ。

 

私は私のために書き、私のために歌い、私のために生きる。

 

 

 

その子を抱きしめろ

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赤ん坊のように泣いたことが、一度だけあるような気がする。それは病の底の底で、でも実はまだほんの入り口で、その後の自らの人生がどんなに苦難に満ちたものになるか想像もつかなかった若き日。空は青く晴れていたのをぼんやりと記憶していたけれど、曇っていたかもしれない。雨は降ってはいなかった。みっともなく床に転がって、駄々をこねて泣いた。

 

その号泣は異常なもので、狼狽えた母は私に精神安定剤を規定ぎりぎりまでたくさん飲ませた。私の何が悪いのか、まったくわからなかった。なぜこのような仕打ちにあうのか、なぜ私は誰にも受け入れてもらえないのか、心は闇の中にあり身体はけいれんを起こしていた。私の何が悪いのか、私にはどうしてもわからなかった。無理もない。悪いのは私だけではなく、私をこのような状態に陥れた様々な状況にあったからだ。私が一切悪くなかったとは言わない。ただそれを受け入れるだけの体力は既になかった。今ならば言える。ああ、あれはね。私にも問題があったけれど、あの人もかなり良くなかったよ。他の人からは善人で立派な人だと思われているあの人だけど、問題のない人なんかいないんだよね。そうだ、それが人間だ。「全部おれが悪いんだ」と言い切る人も信頼できないし、「全部あいつが悪いんだ」と言い切る人間も当然ながら信頼に足るものではない。相互に作用しあって、押したり引いたりしあっているのが我々なのだ。

 

子どものように泣くことができる、なんて幸せなことだろうか。泣きたいと思ってももう涙などどこにもない。残っていない。涙が出るとすれば、泣ける映画リストに入っているお決まりの作品がほんの少しだけ。どうしても泣きたいと思ったら、それを観る。わざわざ観ようと思うほど泣きたいとも感じることはなく、むしろ泣いている姿を見られるのは恥ずかしくて隠れてしまいたい。それでも私はときどき泣きたくて、涙が出なくて、どうすればいいのかわからなくなる。

 

「救い」なんて、どこにあるのだろうか。

 

 

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それでも時折、光に包まれている人に出会うことがある。うらやましいと思う暇などなく、その人の中に影がないわけがないのに、すでに救われてまぶしい光の中にいる人だ。どんなにか苦しみ、どんなにか涙を流し、どうやってここまでたどり着いたのだろう。お願いです。私にもその光、ください。願っても願っても、叶えられない。言葉にならない言葉は、むなしく空気に変わる。圧倒されながらほしいと願っているうちは、何一つ与えられない。

 

何一つ「与えられない」、私は「受け入れられない」。そう感じ続けている限り、私から闇は去っていくことはなく光が訪れることもない。わかっているのだ。鍵は、私の中だけにあるのだから。まだ見つからないだけで。

 

私の病は、この世は私がすべてであるのに、どこにも私が存在しなかったことだ。世界は頭のおかしくなった私でいっぱいに満たされて、私が私に圧し潰されている。それなのに私がどこにもいない。どんなに探しても、タンスの中にも引き出しの中にも、壁紙の裏側にも本棚の奥にも、いないのだ。私が高笑いし、私が怒声をあげ、私が泣き喚く。部屋の真ん中にぼんやりと座り込んでいる私は、その声に圧し潰されていく。ここには私しかいない。部屋の外へ出ても、近所の小さな公園に行っても、よく行くカフェにも、頭のおかしくなった私に満ちている。それなのに、私が、本当の私がどこにも見つからない。私、どこへ行ったの。呟いてみても、答えはない。

 

答えは、小さなきっかけで。そう、私の足元に。

 

ほんの小さなきっかけで、小さな小さな子どもの私を見つけることができたのは、幸運以外の何ものでもなかったのかもしれない。その子どもは、驚くほどに小さかった。泣くわけでもなく、笑うわけでもなく、曖昧な表情で胸が痛んだ。すぐに抱きしめてやればよかったけれど、できなかった。これが取り残された私だと思うと、かわいそうで泣けてきたのに。また捨てるのか。また見捨てるのか。またこの子どもを孤立させるのか。

 

あるスタジオミュージシャンは言った。「あなたの周囲には愛がたくさんある。あなた自身がそれに気づいていないだけのように見える」と。彼の言うことは概ね信じることはできなかったが、その一言だけは心に残った。小さな子どもの私は、多くの人に愛された。それはきっと今でも変わらない。その受け取りかたが、少しだけずれを起こしただけかもしれないのだ。今この小さな子どもを見捨てずに抱きしめれば、愛の受け取りかたのずれを直すことができるかもしれないと私は感じた。

 

小さな子どもと少しだけ手をつないでみたら、小さな手を通して、明るい光が伝わってきた。この子は、光を持っている。小さな私は、光に包まれていた。とてもまぶしくて、やわらかくて、穏やかな光だった。

 

この子どもは、私だ。

 

大丈夫、私には光がある。私は闇ではなかった。闇に潰され、闇にかき消され、影の中で生きるしかないと、影の中で死んでいくのだと絶望していたけれど、ここに光があったではないか。この光の子どもは私なのだ。安心して抱きしめてやれ。何も恐れることなく、何もためらうことなく。私以外に、抱きしめてやる人はいないのだから。この子は誰にも見ることのできない、私の目にしか映らない幻の子ども。

 

誰もが胸に抱いている、幼い頃の自分。どこかに置き忘れてきた、私。

 

 

歌舞伎町追悼

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 あの頃、私はひとりぼっちだった。

 

ひとりぼっちではなかった時代などどこを探してもないのだけれど、人生においてもっとも思い出したくない、自分自身が小さく汚れて異様にちっぽけに感じられたあの頃、私は今よりもっともっとひとりぼっちだった。日本一と言われるほどにたくさんの人が行き交う雑踏の中で誰かと一緒に歩いていても、私がひとりぼっちであることは誰にも止めることはできず、打ち消そうとしてもどうにもならないほどに私は本当に本当に「ひとり」だった。

 

あるときは少しばかり見目の良いアマチュアカメラマンであり、平凡で小柄なサラリーマンでもあった。またあるときはとても背が高く体格の良い笑わない男であり、ハンサムなヒモでもあった。駆け出しの美容師だったこともあれば、料理の上手なシステムエンジニアだったこともある。数にしてみればせいぜい6人だか7人だかの、人によっては多いか少ないかもわからない人数だ。彼らは皆、一度は私と肩を並べて歩いたが、全員が現在はどこにいるかもわからない。正直言えば本名も知らないし、年齢も住所もよくわからない。それでも私はほんの僅かな瞬間でもひとりぼっちであることを忘れさせてくれるのならば、どこの馬の骨だかわからなくても構わなかったのだ。

 

出会いはネット、初対面は新宿、別れは歌舞伎町の片隅。誰も私を振り返らない。誰も私を必要としない。誰もが、帰る家を持っていた。

 

私にも帰る家は、もちろんあった。その家は今も変わらず私を待っていて、私はあの頃よりも年老い、私よりもずっとずっと年老いた両親と共に暮らしながら、少しずつ少しずつ全ての人に近づいてくる死を待っている。そう、あなたにもいつか必ず。

 

 

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 歌舞伎町は世界で一番嫌いな街だ。我が家からほど近い場所にあるにもかかわらず、私はもう二度とあそこへは行きたくない。歌舞伎町に残っているものと言えば、ひとりきりで立ち尽くす私の空虚な映像だけだからだ。私はまだ若く、とても痩せていて、グリーンのカラーコンタクトを入れていた。目に合わないコンタクトレンズはとても痛くて、つけて一時間もすれば涙が止まらなくなった。はずしてしまえば楽になるのに、私は歌舞伎町へ行くときは必ず目を緑色にして行った。そうしなければ見てはならないものを見てしまうからだろう。目の玉は緑色になったのに、私が見ている景色は緑色にはならなかった。そうなればいいのにと、いつも思っていた。

 

暴力は、連鎖する。かつて受けた暴力は、そのまま未来も繰り返す。新宿の街で受けた暴力を、私は歌舞伎町で再び受けた。殴られても殴られても私はうずくまり続けた。私には、そうする必要があった。今度こそ。今度こそ。次こそ成功しますように。成功とは何か。自分自身にもわからない。白馬に乗った王子様が助けに来てくれることだったのかもしれないし、暴力の果てに殺害されることだったのかもしれない。現実に王子様は来なかったし、殺害されることもなかった。

 

笑わない男は、歌舞伎町の三叉路で私を放り捨てた。私がうっかり黒いカーディガンを道端に落として拾っている間に、「じゃあ俺はこっちから行くから」と一言おいて消えていった。一緒に歩きたいなどと思いもしなかったが、放り捨てられた瞬間に、私はこのカーディガンのような女だと感じた。そのまま放置してたくさんの足に踏まれて、ぼろぼろになって廃棄される。生まれて初めての屈辱だった。屈辱ならば、山ほど受けてきた。それでもここまで屈辱だと感じたのは初めてだった。今となっては良い経験だが、する必要のなかった経験でもある。

 

誰一人として、私を必要としなかった。私という存在を喜びもしないし、哀れみもしない。お互い様だ。私もまた、馬の骨たちのことなどどうでもよかったのだから。いま彼らのうちの誰かに遭遇しても、顔すら判別することはできないだろう。それでいい。

 

緑色の目をした私が見ていた新宿の街は死んでいた。私もまた、死んでいた。どうして今もまだ生き残っているのかわからない。きっと、やるべきことが残っているのだろう。放り捨てられた黒いカーディガンにも、恐らくプライドがあるのだ。ある日を境に、私はカラーコンタクトをつけることをやめた。ケースに入れたまま何年も何年も放り出されていたコンタクトレンズは、いつの間にか干からびた。干物になったレンズを直視することはできなかった。それは私のかつての姿だからだ。涙が出るほど痛々しく、気の毒なほどしおれていただろう。中身を見ることなく、ごみ箱に捨てた。

 

あの頃の負け犬が、今も負けていると思うか。「誰のせいでもない」と言えるほど、私は大人ではない。憎しみは消えないし、恨みを消そうとも思わない。死んだら天国に行けるなどと思うな。お前の罪は帳消しにはならないのだ。いつの日か、悔いろ。

 

緑色のコンタクトレンズを捨てて年老いた私は、自由になった。歌舞伎町へ行くことはもう二度とないだろう。あの街で捨ててきたものは、決して拾ってはならないのだ。

 

墓場まで持っていくもの。

あなたにも何かがあるように、私にも、ある。

 

 

 

ハンガーストライキ

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愚痴を言うぞ!!

 

昨日というか、一昨日というか。

夕食を抜きました。

ハンガーストライキです。

むかついたのでやりました。

後悔はしていません。

後悔はしていないけど、ちょっと悪かった。

と思っている。

 

父がですね、イライラしてですね。

イヤミばかり言うんですよ。

私にではないんですが、自分を世話してくれるサービス会社がなってないとイヤミたらたら。

ちょっと書類が間違っていただけなのに。

それがものすごくむかついたので、

「もう食欲ないわ、いらん」

って、夕食(宅配弁当)まるまる抜きました。

別にお腹すいてなかったので、ちょうどよかったです。

マジで食べる気なくなったし。

が。

両親には結構打撃になったような感じがする。

 

父は後で謝ってきたのですがね。

実際は全然わかってないんです。

自分の何が悪いのか。

自分の力でなかなか動くのが難しくなったから、私や母がかわりに買い物したり、サービス探してきて父に提供したり、最大限がんばって父が少しでも気持ちいいようにやっているのですけれど。

父はすぐにイライラするわけです。

自分の気分次第で。

まあね、確かに動きにくくなっているからね。

すぐにイラッとくるのは当然なのかな。

でも、それで私たちに当たるのはどうよ。

 

もちろん父には元気でいてほしいです。

ここまで長生きしたから、今後もがんばってほしい。

できるだけ家で過ごしてほしいし。

施設に入ってほしいとも思わない。

 

ただ、あまりに当たり散らされると(本人の自覚はない)、こちらが出ていくか父に出て行ってもらうか!……的な気分になっちゃいますよね。

父が出ていく必要はないので、私が出ていくことになります。

ただ、私には収入がないので、自活するのは困難。

本当にやろうと思えばやれると思いますが……

そして残された老夫婦はいきなり生活の危機に直面しますよね。

父にしてみたら、本一冊買えません、私がいなければ。

宅配弁当を依頼したのも私、重いものを運んでくれるネットスーパーを依頼しているのも私、ケアマネさんを依頼しているのも私、ヘルパーさんを探して依頼しているのも私……

 

なんて考えていると、自分がいかに目に見えない形で、両親のサポートをしているかをしみじみと感じます。

意地悪しちゃえば、親を孤立無援の状態にさせることだってできるんですよ、私には。

これは大変なことだと思いました。

いや、私が存在しなければ、母がなんとかするし、兄も登場してくれます。

しかしこれはそういう問題ではないのだ。

 

身内の介護をするって、ものすごいエネルギーが必要なのだと、自分のことになって初めてわかりました。

多分、身内だからですよね、この気持ちは。

ワーカーさんが利用者さんに対してはこういう気持ちって抱かないのではないかなと想像する……

 

意地悪だけは、しちゃいけない。

意地悪は高齢者虐待になってしまう。

そんな娘にはなりたくありません。

気分がよくないですよ。

人道的にも許されん。

 

そんな私がやらかしたハンガーストライキ

これ、意地悪だよね。

 

 

 

……というわけで、一晩たって反省しました。

後悔っていうか、反省した……

 

 

これからは、もう少し建設的な方法を考えたいと思います。

 

 

 

 

どうやってだー!!!